この港から、多くの島の子供たちが 夢と、不安と、期待を胸いっぱいにつめこんで 大都会へ旅立ってゆきます 

僕たちが、旅立つ そのときは 登和子 先生が、毎朝この 港まで その日に中地港

旅立つ生徒を、七色のテープをもって 見送りにきてくださいました

僕は、はずかしくて そのテープは、よう持ちませんでしたが、今思うと

しっかりと、この手ににぎりしめておけば良かったと思ってます。

当時は、島を、離れると 3年、5年は帰れない、何があっても、帰れない

そんな思いでした 。都会は、遥かかなたの、夢にも出てこない 遠い遠い

世界でした

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